イベントレポート by 小野島大

Buffalo Daughter 30th Tour Final x Essential Tremors Tokyo

Event Report by Dai Onojima


バッファロー・ドーター30周年ツアーファイナル X エッセンシャル・トレマーズ東京

イベントレポート by 小野島大


 今年で結成30周年を迎えたバッファロー・ドーターの周年記念の連続企画もこれが最後。ニューヨーク発のエクスペリメンタルな音楽と映像のイベント「Essential Tremors」との共同開催である。東京・渋谷クラブクアトロでおこなわれたライヴは盛りだくさんの内容だった。

 会場に着くと山本ムーグがDJをやっている。モンドでサイケデリックでエレクトロな山本らしいプレイ。今でも山本はバッファローの正式メンバ―のはずだが、ここ数年はいないことの方が普通になっている。久々の登場。せっかくのお祭りなんだし、DJだけじゃなくてライヴにも参加しないんだろうか。マイクを手に取りなにやらブツブツ喋り、観客は大歓声だ。この奇妙な状況をお客さんはよわかっていて楽しんでいる。

 まず登場したのはオーストラリアのデュオ、パーティー・ダズンだ。ヴォーカル/サックス奏者とドラマーの二人がサンプル・ループをベースにフィジカルでローファイで荒々しい即興プレイを繰り出す。フリー・ジャズをパンキッシュに展開するノー・ウエイヴ・サウンドが痛快。それでいて雰囲気は明るくアッケラカンとしている。歌もサックスもドラムも手抜きなしの全力プレイで客席を大いに盛り上げる。これは楽しい。

 2つめのサポート・バンドであるtamanaramenが登場。姉妹によるユニットで、姉Hanaがヴィジュアル担当、妹Hikamが音とヴォーカルを担当。2人が向かい合って微動だにせずラップトップを操作し、時折Hikamが歌う。アンビエントなドローン・ノイズが淡々と続き、会場は時間が止まったかのような不可思議な感覚を覚える。でも決して他者を拒絶するような感じではなく、どこか柔らかい光に包まれている。パーティ・ダズンもtamanaramenもロックやポップの定型を大きくはみ出しながらも、決して前衛的すぎず、どこかポップでキャッチーな親しみやすさをたたえているのがバッファロー・ドーターに通じるものがある。

 そしていよいよ主役の登場である。今回のバッファローのライヴは、バンド歴代のドラマー4人が参加し、ツイン・ドラムを披露すると事前にアナウンスされていた。30周年イベントにふさわしい贅沢な企画だが、お祭りの余興程度のものだと勝手に思い込んでいたら、全曲がツイン・ドラム、しかも曲ごと異なる2人の組み合わせで次々と演奏を披露していくという、こっちの予想をはるかに上回る大胆な試みだった。

左右にセットされたドラム・セットに小川千果松下敦茂木欣一、そして小松正宏が次々と入れ替わり立ち替わり座る。年齢も感覚も音楽的背景もプレイスタイルも持ち味も全く異なる4人のドラマーが縦横に組み合わされることで、単独のドラマーでは得られないような新たな世界が開ける。ちょっとしたグルーヴのうねりやリズムのタイミングのズレが、慣れ親しんだ楽曲に異なる表情を加え、よりパワーアップした、あるいはよりしなやかでデリケートな、あるいはよりグルーヴィでファンキーなビートとなる。古くはファースト・カセット(1993年)収録の「Cold Summer」から、2023年最新曲「Malfunction」まで、時差30年のバッファローの歴史が4人のドラマーによって鮮やかに繋がっていく。楽曲はそのドラマーと作ったり録音した曲を中心に選び組み合わせていったようだ。松下が叩いた曲が一番多かったのは、在籍期間が一番長かったから当然。小川が叩いた「Daisy」(『New Rock』の初回限定盤に収録)は、こんな機会でもなければなかなか演奏されることもなかったはずだ。初期バッファローの素朴な本質が表れている。その当時とは双方のタイム感やセンスも異なっているはずだが、音を出せば、すぐに呼吸があう。

こうした微細な変化を感じ、捉え自在に対応していく大野由美子シュガー吉永(そしてサポートの奥村建も)のプレイヤビリティの高さに目を見張る。揺るがぬ強固な音楽性があるが、そのつどの時代の空気や状況に応じて少しずつサウンドのディテールを変化させていき、常にフレッシュな音を鳴らしてきたバッファローのフレキシビリティは、こんなところにも活かされている。彼らの楽曲はミニマルな繰り返しが多いが、そこにリズムの変化やアレンジの色で起伏をつけていく。ループするリフレインにどっぷりハマっていくと、時折ピリピリとした刺激が耳を刺す。油断できない。

驚いたのが大野がプレイしていたミニムーグが突然壊れた時の彼らの対応だ。ハバナエキゾチカ時代に大野がヤン冨田と一緒に原宿のFive-Gというシンセ専門店に行って買った。それから彼らの音楽に欠かせぬ武器だったヴィンテージのシンセがいきなり壊れた。しかし彼らは動じない。シュガーが「壊れちゃった?」とさりげなく聞き、大野が「壊れちゃった。どうしよう〜」と答える。言葉とは裏腹にその口調は彼らの日常会話そのもののようにのんびりしている。実際は顔面蒼白だったのかもしれないが、そこは30年のキャリアのなせるわざだ。「ま、なんとかしましょう」と大野が言い、その後は何事もなかったようにライヴは進行する。ムーグを弾きまくるはずだった曲は他の楽器に置き換えられ、思い描いていたはずの楽曲はちがう色を帯びる。別テイクを聞いているようなというか、むしろラーメンの「味変」を楽しむような感覚になる。アクシデントやトラブルを逆手にとって、そこから新しい触手が伸びていくように新しい世界が広がっていく。昨年の『We Are The Times』ツアーの時は映像を一切使わないハードでストイックなライヴだったが、今回はonnnacodomoのキュートな手作りのヴィジュアルがライヴを盛り上げる。「Essential Tremors」の主宰アンガス・アンドリュー(ライアーズ)も映像に登場する。

圧巻はアンコールの2曲目「シャイキック・ア・ゴーゴー」で、松下と小松のツイン・ドラムで始まり、佳境に入るとブレイクのパートで小松が、待機していた茂木に交代。松下の叩き出すソリッドでダイナミックでエネルギッシュなダンス・ビートが茂木の参加で生き物のようにファンキーでオーガニックなリズムへと変貌し、一気にフロアが沸騰する。この1ヶ月余りの間に私は3つの異なるバンドで茂木のプレイを見たが、いつも茂木は本当に楽しそうに全身を使って叩く。彼は最高だ。そして気づけば山本ムーグもコーラスで参加している! 最後のピースが最後の最後にやっとハマって、3時間あまりのライヴは終わりを迎えたのだった。